8月度座談会御書

8月度座談会御書 聖人御難事(2012年)各各師子王の心を取り出して

2012年8月度の座談会御書は聖人御難事(しょうにんごなんじ)です。何を言われようが、己の信心の一念を貫くことの大切さを学びます。肝心なことは、師匠と同じ一念で、ということです。学会の夏季友好期間も終えて、まもなく8月度の座談会となります。その座談会の講義の一助に、本拝読範囲をまとめてみました。

8月は8月24日の壮年部の日を擁する月です。実社会の真っ只中で、いつも大変な壮年部です。大変であるからこそ信心の一念で戦いを起こすことが肝心です。本当に「大変な事」を乗り越えるには、自らの境涯革命・宿命転換が必須です。そして、それを可能にする唯一の方法が信心の実践に他なりません。師子王の勇気の一念を取り出だして、全てに勝利して参りましょう。

聖人御難事の背景

本抄は、熱原の法難の渦中にあった弘安2年(1279年)10月1日に身延で認められて門下一同に与えられたお手紙です。

聖人御難事の拝読範囲 本文

『各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし、彼等は野干のほうるなり日蓮が一門は師子の吼るなり』(御書全集1190ページ・7行目~9行目より引用)

聖人御難事の拝読範囲 通解

あなたがた一人一人が師子王の心を取り出して、どのように人が脅そうとも、決して恐れてはならない。師子王は百獣を恐れない。師子の子もまた同じである。彼ら(正報を誹謗する人々)は野干が吼えているのと同じである。日蓮の一門はは師子が吼えているのである。

語句:野干(やかん)とは、狐などのような、よく吠える小型の獣(けもの)のこと。

師子王の心こそ学会魂

師子王の心とは勇気の異名と言えましょう。それはどのうような勇気か。身命に及ぶ一切の大難を勝ち越えてこられた日蓮大聖人のお心こそ、師子王の心であり、真の勇気と言えます。弟子もまた、大聖人と同じ不二の心で信心を貫くならば、弟子の生命にもまた、何ものにも屈しない師子王の心を湧現させていけるのです。どこまでも、難を乗り越える信心の要諦は「師弟不二」であり「勇気」であると言えましょう。そして、この「師子王の心」こそ、学会魂であるのです。

師子王の心と師子吼

師子王の心と師子吼について、以下に関連する学会指導を列記してみました。信心の弟子たる資格とは、師匠の心を自身の心として戦い、師子吼するところに生まれます。その要諦は勇気の一言に尽きます。勇気こそ、幸福への直道であることを銘記したいと思います。

佐渡御書より:「師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし例せば日蓮が如し」(御書957ページ)

戸田第二代会長 論文「聖人御難事御書を拝して」より:この確信こそ、いかにも荘厳にして、勇壮なものではないか。(『戸田城聖全集』第3巻275ページ)

戸田第二代会長の瑞相御書講義より:いかに学会を陥れようとして誰人が騒ごうとも、彼らは犬、野干のごときものだ。われわれは師子王です。(『戸田城聖全集』第6巻638ページ)

御書の世界 第7章「師子王の心」より:信心とは「勇気」です。難が来ようと、諸天が動くまいと、どんな苦難に直面しても、絶対にこの信仰だけは貫いてみせる、という「勇気」こそが、幸福への直道です。(『池田大作全集』第32巻263ページ)

「弟子」といっても、この仏法では、いわゆる「入門」や「弟子入り」があるわけではない。今、現実に師子吼して戦っている人が「弟子」です。(中略) 胸中の「師子王の心」を呼び覚まし、顕に出すために、私たちは「師子吼」していくのです。 師匠が師子吼した。次に弟子が師子吼する。そして目覚めた民衆が次々と師子吼の大音声を唱える。その師子吼の包囲が一切の野干(狐の類)の魔性を破っていくのです。(『池田大作全集』第32巻266ページ)

新時代第15回本部幹部会での池田名誉会長のスピーチより:勇気は、勝つための原動力である。何ものにも負けない人こそ、真に幸福な人である。つきつめて言えば、自らに勝たなければ、真実の幸福は開けない。(中略)勝つために、題目をあげるのである。勝つために、自身を鍛えるのである。(聖教新聞2008年2月13日付)

御義口伝より:「吼とは師弟共に唱うる所の音声なり」(御書748ページ)

新時代第59回本部幹部会での池田名誉会長のメッセージより:我らは、「師子奮迅の勢い」で、そして「常勝破竹の勢い」で、明るく朗らかに勝ち進もう!(中略) 題目という師子吼を唱える人は、この最強最大の生命力を満々と湛え、いかなる課題であれ「師子奮迅の勢い」で挑み、苦しみさえも楽しみに変えながら、勝ち越えていくことができるのであります。(聖教新聞2012年7月16日付)