8月度座談会御書

8月度座談会御書 四条金吾殿御返事(源遠流長御書)源遠ければ流長し

今回拝読の四条金吾殿御返事を拝するにあたり、当時の状況と背景は欠かせません。

勝利の実証示す信心の戦い

四条金吾は自らが仕える主君の江間氏に対し、果敢に折伏を進めました。ところが主君からは遠ざけられ、これまでの四条金吾への重用を嫉妬する同僚からの命にも及ぶ攻撃や日蓮大聖人を憎む良寛一派の謀略が相次ぎ、所領没収の危機にさらされます。

しかし、四条金吾は、師匠・日蓮大聖人の指導どおりに、何があってもくじけずに、信心を貫いていきます。そしてついには、再び主君の厚い信頼を取り戻し、所領没収どころか、それまでの3倍の領地を受けるという勝利の実証を示しきっていきました。

折伏を開始したのが1274年(文永11年)頃で、勝利の実証を掴んだのが1279年(弘安元年)頃。実に5年間にわたる戦いの結果でした。そして、領地を賜った勝利の報告に対するご返事が今回の御書です。

深き信心で折伏弘教・満々たる生命力で勝利の実証

「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし」とは、有名な開目抄の一節です。私たちも、この仰せを胸に、苦難に直面した時には、お題目根本で果敢に課題に挑戦して乗り越えて参りました。しかし、肝心なことは、その後で、苦難を乗り越えられた妙法の力・素晴らしさを語っていくという「折伏・仏法対話」に挑戦していくことです。

四条金吾はまさに、折伏という如来の使いの戦いに挑戦し勝利をおさめました。こういった戦いがあって初めて、不幸を幸福に、宿命を使命に転ずる、生命の根本的な変革がなされていくのです。それにしても5年間の苦闘とはあまりに長い戦いです。しかし、最後に「勝利した」、ということは、その5年間というものが、が生命力を満々とたたえ続けながらの信心根本の日々であった、ということに他なりません。勝利の結果を別にしても、この妙法と信心の凄さがそくそくと迫って参ります。

本文を拝読します。

拝読範囲(御書全集1180頁12行目~14行目)より引用
『貴辺の御すすめによつて今は御心も・やわらがせ給いてや候らん・此れ偏に貴辺の法華経の御信心のふかき故なり、根ふかければ枝さかへ源遠ければ流長しと申して一切の経は根あさく流ちかく法華経は根ふかく源とをし、末代・悪世までも・つきず・さかうべしと天台大師あそばし給へり』

陰徳陽報・陰徳あれば陽報あり

「貴辺の御すすめによつて今は御心も・やわらがせ給いてや候らん・此れ偏に貴辺の法華経の御信心のふかき故なり」とは、

四条金吾の主君を思う深き信心からの折伏が、やがては主君の心をやわらがせて勝利の現在を迎えたのでしょう、このことは四条金吾の信心が深かった故であり、まさに「陰徳陽報」であると称賛されています。

源遠流長・源遠ければ流長し

「根ふかければ枝さかへ源遠ければ流長しと申して一切の経は根あさく流ちかく法華経は根ふかく源とをし、末代・悪世までも・つきず・さかうべしと天台大師あそばし給へり」とは、

「根ふかければ枝さかへ源遠ければ流長し」とは天台大師の説いた「源遠流長」の原理を示すものです。妙法こそ深い根と遠い源を持つ諸経の王であって、その功徳は、末代悪世までも力が及んで末永き繁栄となって現れるのであると仰せです。

深き信心とは師弟一体の信心

今回の拝読範囲のテーマは「深き信心」ということです。深き信心が自他共に繁栄の根源であると」いうことです。その上で次のことを確認しておきたいと思います。

主君を思うが故の折伏に始まり、主君の無理解や同僚の讒言・攻撃を耐え忍んだ四条金吾の戦い、は師匠・日蓮大聖人のご指導どおりの実践を一歩も引かずに実践しぬいた戦いでありました。故に四条金吾の「深き信心」とは「師弟一体の信心」に他なりません。一途に師匠を求めぬくところに真実の「深き信心」があることを銘記したいものです。

聖教新聞2010年8月17日付4面の「学会指導から」の引用には、妙法の偉大さ等を説いた池田先生の指導が掲載されているので、適宜引用されると良いと思います。