8月度座談会御書

8月度座談会御書 千日尼御前御返事(2013年)法華経を供養する人は十方の仏菩薩を

千日尼御前御返事を拝読御書として講義する、今月8月度(2013年の8月)の座談会は、月末の31日に実施。もう、9月度の大百蓮華も来ています・・。以下のとおりまとめてみました。

今回拝読する千日尼御前御返事は、弘安元年(1278年)閏10月、日蓮大聖人が身延の地から佐渡の千日尼にあてられたお手紙です。千日尼は夫の阿仏房と共に、佐渡にご流罪中の大聖人を命をかけて守り抜いた女性です。

今回拝読する範囲の直後には、「法華経という師子王を持つ女性は、一切の百獣に怖れることはありません」と仰せです。まさに、そのとおりの現代の学会婦人部への最大の激励が印象的であります。

※『法華経の師子王を持つ女人は一切の地獄・餓鬼・畜生等の百獣に恐るる事なし』

千日尼御前御返事の今回拝読範囲本文

『法華経を供養する人は十方の仏菩薩を供養する功徳と同じきなり、十方の諸仏は妙の一字より生じ給へる故なり、譬えば一の師子に百子あり・彼の百子・諸の禽獣に犯さるるに・一の師子王吼れば百子力を得て諸の禽獣皆頭七分にわる、法華経は師子王の如し一切の獣の頂きとす(御書全集1316ぺージ5行目~7行目より引用)』

千日尼御前御返事の今回拝読範囲講義

法華経と言い妙法と言っても、その本体は皆様ご存知の南無妙法蓮華経です。そして、日蓮大聖人は、『法華経は師子王の如し』・『頂とす』と仰せです。仏教の開祖である釈尊も全宇宙のあらゆる仏も、南無妙法蓮華経の妙法で仏になることができた、根本法からです。

そして、この南無妙法蓮華経を一人一人の心に植えていく広宣流布のあらゆる戦いこそ、法華経という最高の存在に供養するということになります。なんと凄いことでしょう。

しかし、この物凄い妙法も「すごい」と思っただけでは何もなりません。何を学び、何を決意すべきでしょうか。

「一の師子王吼れば百子力を得て」と仰せです。師子王とは師匠であり、百子とは弟子の私たちと言えます。そして肝心なことは、師匠が師子吼されたときに、これに呼応する一念がなければ、五体と心に「力を得る」ことはできないということです。

日蓮大聖人の仏法は師弟不二の信心が根本です。永遠に勝ち栄え行く創価の師弟の勝利の大道。それがどこにあるかについて、池田名誉会長は『師子王たる師匠の師子吼に応え、弟子もまた、勇気ある自行化他の題目で広宣流布に邁進する』ところにそれはあると言われています。

さあ、師と共に、「朗々たる唱題で生命力を満々と」たたええながら、11月18日に総本部の完成を迎える下半期を元気いっぱい前進して参りましょう。

以上。

自分自身が南無妙法蓮華経【参考記事】

胸中の仏界すなわち師子王の生命を湧き出ださんとする為の師匠の指導から。「自分自身が南無妙法蓮華経だと決めることだ!」とは第二代会長の戸田先生のお言葉。偉大な仏の生命は、我が胸中にある。日蓮仏法ではそのように説く。

一生成仏抄に曰く。「深く信心を発して日夜朝暮に又おこたらず磨くべし何様にしてか磨くべき只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを是をみがくとは云うなり」(御書全集384ページより引用)。

千日尼御前御返事|御書全集1361ページの座談会御書

2016年の座談会御書にも「千日尼御前御返事」が引用されています。

以下の「」内の御文は、御書全集1361ページの千日尼御前御返事(雷門鼓御書)の全文となります。

「法華経を供養する人は十方の仏菩薩を供養する功徳と同じきなり、十方の諸仏は妙の一字より生じ給へる故なり、譬えば一の師子に百子あり・彼の百子・諸の禽獣に犯さるるに・一の師子王吼れば百子力を得て諸の禽獣皆頭七分にわる、法華経は師子王の如し一切の獣の頂きとす、」

※ 以上が今回、2013年8月度の座談会御書拝読範囲となります。

▼続きます▼

「法華経の師子王を持つ女人は一切の地獄・餓鬼・畜生等の百獣に恐るる事なし、譬えば女人の一生の間の御罪は諸の乾草の如し法華経の妙の一字は小火の如し、小火を衆草につきぬれば衆草焼け亡ぶるのみならず大木大石皆焼け失せぬ、妙の一字の智火以て此くの如し諸罪消ゆるのみならず衆罪かへりて功徳となる毒薬変じて甘露となる是なり、譬えば黒漆に白物を入れぬれば白色となる、女人の御罪は漆の如し南無妙法蓮華経の文字は白物の如し人は臨終の時地獄に堕つる者は黒色となる上其の身重き事千引の石の如し善人は設ひ七尺八尺の女人なれども色黒き者なれども臨終に色変じて白色となる又軽き事鵞毛の如しヤワラカなる事兜羅緜の如し」

「佐渡の国より此の国までは山海を隔てて千里に及び候に女人の御身として法華経を志しましますによりて年年に夫を御使として御訪いあり定めて法華経釈迦多宝十方の諸仏・其の御心をしろしめすらん」

▼ここから▼
「譬えば天月は四万由旬なれども大地の池には須臾に影浮び雷門の鼓は千万里遠けれども打ちては須臾に聞ゆ、御身は佐渡の国にをはせども心は此の国に来れり、仏に成る道も此くの如し、我等は穢土に候へども心は霊山に住べし、御面を見てはなにかせん心こそ大切に候へ」
▲ここまで▲

上記、ここから⇒ここまで の範囲が、2016年(平成28年)8月度の座談会御書として拝読されました。
2016年(平成28年)8月度の座談会御書講義
こちら ⇒ 千日尼御前御返事

※下半期へのスタートとなる時期、師弟の求道こそ実践の要であることを確認すべく、「千日尼御前御返事」が採用されるのだと思います。

▼続きます▼

「いつかいつか釈迦仏のをはします霊山会上にまひりあひ候はん、南無妙法蓮華経」

以上が御書全集1361ページの千日尼御前御返事(雷門鼓御書)の全文となります。